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老いを学ぶ
2015年03月02日
老いの工学研究所提供
「アンチ・エイジング」は、エイジングの肯定的な意味を無視している。
老いの工学研究所
エイジング・ビーフが流行っている。20日以上も低温で熟成させた牛肉は、アミノ酸が豊富で旨味も香りも味わいも豊かになるそうで、それを食べさせるステーキ店や焼肉店が増えている。また、ウィスキーを樽の中に長期貯蔵するのも、ワインを熟成させるのもエイジングと呼ばれる方法だ。工業製品でも、部品や油がなじんだ状態で出荷しないと設計通りの性能が発揮できないことがあるので慣らし運転を行うが、この工程もエイジングと言うらしい。楽器の世界でエイジングというのは、本来の音色や響きが出るように弾きこむことだ。
このように使うとき、エイジングという言葉にネガティブな感じは全くない。時間の経過、慣らし運転、弾きこみによって古くはなるが、それによって価値が出る、新しいときにはなかった良さが生まれるというポジティブなニュアンスである。つまり、エイジング(aging:加齢、年をとること)はそもそも、老化・衰えを意味していない。現在、一般にはエイジングは単なる老化・衰えと捉えられ、アンチ(抵抗・反対・否定)の対象とされているが、それはあまりに一面的なのである。
人にも年を取ればとるほど価値が出てくる部分があるはずだ。例えば、若い頃に取り組んだ仕事やスポーツなどを振り返って、今ならもっとうまく出来たのに・・と思うことは誰にでもある。それは単なる後悔でなく、その頃にはなかった知恵や視点・視野を身に付けたからこそ湧き出る感情で、エイジングによって成長した証と言えるだろう。職場には、成功と失敗を積み重ね、歴史を身をもって知っており、だからどう進めるべきか、何に気をつけるべきか、その先にどんなことが起こりそうか、が見える人がいる。いわゆる年の功というものだが、これも一つのエイジングの価値である。
今どきの“アンチ・エイジング”は、そのような成熟・成長という面まで否定してしまっているようだ。もちろん、見た目の年令と肉体の年令を維持しようとするのは悪いことではない。若々しく見えたい、元気で健康でいたいという欲求は皆にある。しかし、暦の年令(実際の年令)を忘れたいかのようにアンチ・エイジングにまい進し、若々しく健康でいることだけが自慢であるような姿は、やや滑稽だ。若々しいのはいっこうに構わないが、年相応の知恵を授けて欲しいし、教養や矜持が感じられる振る舞いや言動を見せて欲しいし、年長者らしい高く広い視点でものを語ってもらいたい、というのが周囲の期待であるからだ。
“アンチ・エイジング”は、中高年やシニアの居場所探しのようにも見える。自身の年相応の価値を見出せないので、今までと同じように若者と一緒に振る舞おうとする。年の功を発揮する自信がないので、若者と同じ役割を果たすしかなく、そのために若々しく見えようと頑張っている。エイジングを果たした者としての居場所が分からず、今までの場所に居座り続けようとしているように見えるのである。そんな、若さを若者たちと競おうとするようなアンチ・エイジングは、若い世代にとって鬱陶しいものでしかない。肉や酒や楽器に古いものの価値があるように、人にも年を取ればとるほど価値が出てくる部分がある。本来はそこを自覚し、磨き続け、異なる役割を果たすことが、世代間が協調する道というものだろう。
今どきのアンチ・エイジングは、周囲からは「期待はずれ」であり、若い世代からは「鬱陶しい」ものとなっている。中高年やシニアが考えるべきなのは、アンチ・エイジングではなく、エイジングによる価値である。エイジング・ビーフになるか、安売りの輸入牛肉になるか。長期熟成されたウィスキーになるか、安売りウォッカになるか。十分にエイジングされた良品になるか、技術のない国の激安家電になるか。それを選ぶということだ。
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