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2014年06月14日

老いの工学研究所提供

行商列車から50 年 ~変わらないことの意味【蕨キク さん(89 歳) 千葉県佐倉市】

老いの工学研究所

蕨キク さん(89 歳) 千葉県佐倉市
(取材撮影:小山一芳、構成・文:代田耕一)

「行商列車」と聞き、懐かしいと思う人も少なくなってきた。「行商列車」とは千葉で獲れた新鮮な農産物を東京の得意客に届ける「行商人」しか乗れない行商専用車両のこと。新鮮な農産物をぎっしりつめ、自分の背丈をゆうに超える高さの荷物を背負った「行商人」がこの専用列車で東京方面に向かう姿は早朝恒例の風景であった。

「行商」は関東大震災による食料不足がきっかけで始まったという。しかしその後、人々が豊かになり、暮らしが変容していくにつれ「行商」へのニーズは減少。「行商人」自体も高齢化のため少なくなっていった。

昨年3 月末、京成電鉄が行商列車の廃止を発表。そのニュースを聞いたときは行商への郷愁というよりも「行商列車がまだ走っている」という驚きのほうが強かった。

それから1 年ほど経ったある日「京成八広に行商人のおばあさんがいるよ」と聞き、取材に出かけた。そのおばあさんはスカイツリーにほど近い京成八広駅で50 年以上、今も行商を続けている蕨キクさん。自宅は専業農家で作物は主に葉もの。行商の扱いは野菜、漬け物、お餅、落花生。改札口前の路上で品物をひろげ、そのあと近くをリヤカーで売り歩く。

改札口前には時間前から人が待っている。品物を並べるそばから売れていく。一仕事終えると知り合いに預けてあるリヤカーにてきぱきと商品を積む。「お早うございまーす」「八百屋でーす」と数十年来のお馴染みさん一軒一軒に声をかけながら売り歩きはじめる。腰は曲がっているが足はしっかりしていて歩くスピードも速い。昔ながらの下町情緒が残る八広界隈。駅への出入りや電車への乗り降りは誰かが手伝ってくれる。好意でリヤカーを預かってくれる人がいる。いつもお茶とお菓子を出してくれるお客様もいる。その玄関先に腰掛け一服していると自然と人が集まり話がはずむ。50 年変わらぬ風景。

キクさんに対して、なぜみんなが協力的なのか。同行していてその理由が見えてきた。それは彼女が「昔も今も変わらぬリズム」で働いているから。年長者である彼女が、生き方のお手本を黙って示す。「人間は最後までまじめにこつこつ働かなきゃ」。それは見ているものに必ず「ああ私もまだ頑張らねば」と自戒の念を抱かせる。彼女は「専用列車」などというハード・制度で守られる必要はない。彼女は周囲からの「尊敬」というエネルギーで包まれているのだから。

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