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老いを学ぶ

2020年01月28日

老いの工学研究所提供

老人ホーム入所者は、なぜ幸せそうに見えないのか?

老いの工学研究所

「幸福感は『健康』『人間関係』に次いで『自己決定度』に影響を受ける」とする興味深い論文が、2018年9月に発表されました。神戸大学の西村和雄特命教授と同志社大学の八木匡教授による「幸福感と自己決定-日本における実証研究」です。

 この研究は、日本人約2万人の調査を行い、分析したもので、その要旨には「幸福感を決定する、健康、人間関係に次ぐ要因としては、所得、学歴よりも自己決定が強い影響を与えている。自分で人生の選択をすることが、選んだ行動の動機付けと満足度を高める、それが幸福感を高めることにつながるのであろう」とあります。

 調査では、以前から他の研究でも指摘されていた「幸福感は若い時期と老年期に高く、35~49歳で落ち込む『U字型曲線』を描くこと」「一定の所得レベルを超えると、所得は幸福感にあまり影響を与えなくなること」も確認されています。

 この調査結果は、人のモチベーションについて説明した「自己決定理論」に符合します。「自己決定(自分の意思に基づく)」「関係性(独りではない)」「有能感(やればできる)」の3点が満たされるとき、人はやる気になるという理論です。人生や生活、仕事などにおいて自らの意思によって選択し、周囲との良好な関係の中で手に届く目標を持って取り組んでいる…そうした状態にある人は、意欲が高まるということです。

 逆に、他者に決められた役割や目標に、独りで向き合わねばならないような状況では、やる気も低下してしまいます。やる気と幸福感は同じではありませんが、経験的にも、大いに関係しているように感じます。

 日本の老人ホームや介護施設にいる高齢者を見ると、ほとんど幸福感というものが見えないと私は感じます。先述の研究結果から、それは「自己決定」の機会がないからだと考えられます。そもそも、老人ホームなどの施設にいる人たちの多くは、自分の意思ではなく、子どもや家族に連れてこられて入所しています。また、外出には届け出が必要だったり、食事のメニューや時間が決められていたりして、施設側が決めたルールに従って集団生活をしなければなりません。

 もっとも、これには理由があります。まず、老人ホームなどの高齢者施設は誰のためにあるかというと、入所する本人というよりは、むしろ世話を焼けなくなって連れてきた子どもや家族のための場所という意味合いの方が強いのです。従って、施設内でけがをしたり、事故が起こって運営責任を問われたりするような事態を避けねばならず、入所者に自由な行動をされては困るため、集団行動を求めざるを得ません。

 さらにいえば、入所者の介護度が上がるほど収益性が向上するという高齢者施設のビジネスモデルは、「できる限り長く健康状態を維持したい」という入所者の思いとは逆のベクトルになっており、「営業姿勢やモラルに問題が生じないか」「入所者の思いに反して、施設に入ると心身が弱ってしまう結果にならないか」という懸念もあります。

 ちなみに、幸福感が世界トップクラスとして知られるデンマークでは、1988年に「老人介護施設」の新設が禁止され、自分の意思で暮らせる「高齢者住宅」の建設が進められるようになりましたが、その理由について当時の福祉大臣は「施設の多くは孤立し、不毛で活気がなく、いる人たちの権威を失わせるようなミニ病院、いわば人生の最期を迎える前の待合室になっていた」と述べています。

 実際に訪れた人たちに聞くと、デンマークの「高齢者住宅」で暮らす高齢者の表情の明るさ、主体性のある言動の格好よさなどは、日本の高齢者施設にいる人たちとは全く違うといいます。

「長い高齢期を幸福に暮らす」ことは、高齢期を目の前にする60代はもちろん、高齢の親を持つ子ども世代にとっても気になるテーマでしょう。高齢期の幸福には、健康やお金、人間関係に加えて、「自己決定」も大きな影響を与えます。

 高齢期を迎えたら「どこで、どのように暮らすか」を自分で決め、自分の意思に従って自由に暮らせるようにすること、また、子ども世代は高齢の親に我慢させることなく、自己決定に基づいた自由な暮らしができているかどうかを考え、支援するような姿勢が求められると思います。

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